リード
「心疾患発症前における相対的B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)欠乏に関する臨床研究」(Relative B-Type Natriuretic Peptide Deficiency May Exist in Diastolic Dysfunction in Subclinical Population)というタイトルの論文が2024年4月20日、日本循環器学会の専門誌 Circulation Reports 誌にオンラインで掲載されました(https://doi.org/10.1253/circrep.CR-24-0026) 。 この研究は、錦秀会・阪和記念病院/阪和第二泉北病院、大阪大学大学院医学系研究科の岡本千聡医師が、大阪大学大学院医学系研究科、国立循環器病研究センター、大阪難病研究財団などの研究者と遂行しました。本研究により、BNPが心臓の負荷に対して十分増加せず、無症候性の求心性心肥大につながる可能性がある「相対的BNP欠乏」という概念を提唱しました。本研究の成果は、このホルモンを標的とした治療を早期に行う対象を考える上で貴重な根拠のひとつとなると考えられ、大きく臨床医学に貢献するものと期待されます。
背景
ナトリウム利尿ペプチド(NPs)は、心臓の中の圧負荷に応答して心臓から放出されるホルモンで、腎臓からの電解質と水の排出、血管緊張の低下、心臓における抗肥大および抗線維化効果などの様々な効果を発揮します。この心臓の負荷に応答してホルモン分泌が促進される特性から、血中のNPsの濃度は心不全の重症度の指標として広く用いられています。その一方で、近年、心不全に陥っているにもかかわらず、血中のNPsの値の上昇が少ない、NPsの分泌する力が低下した患者の存在が示唆されています。この研究では、ホルモン分泌器官としての心臓の役割に注目し、心疾患の臨床的な診断がなされる前の段階で、NPsの1種であるBNPの相対的な不足が心臓の構造および機能にどのように関連しているかを調査しました。
結果
2005年から2008年に行われた佐賀県有田町の健康診断プログラムの参加者から、心臓病の既往歴がなく、左室駆出率(LVEF)が50%以上、BNPレベルが100 pg/mL未満である1,398を対象に、BNPの血中濃度に影響を与える非心臓関連因子(年齢、性別、体重、血圧、腎機能等)に基づいて傾向スコアマッチングを行い、心室拡張機能障害の有無によって二つのグループに分け、それぞれのグループから470名ずつ、合計940人を分析しました。その結果、BNPレベルが上昇すると求心性心肥大(CH)の発生リスクが有意に低下することが示されました(調整オッズ比(aOR)0.663、95%信頼区間(CI)0.484-0.909、P=0.011)。さらに、心臓の推定内圧を示す側方E/e’が高い値を示す参加者では、CHのリスクが有意に増加することが確認されました(aOR 2.881、95% CI 1.390-5.973、P=0.004)。また、CHを伴う左室拡張機能障害がある場合、それは主要な心血管イベントの独立した予測因子であることが明らかになりました(ハザード比(HR)3.272(95% CI 1.215-8.809、P=0.019))。
展望
本試験の結果より、心疾患の発症前にCHを発症した症例の一部は、心内圧の上昇に対するBNPの上昇が不十分である、「相対的BNP欠乏」の状態が原因である可能性を示しました。CHを伴う左室拡張機能障害は予後不良と関連しているため、心疾患の発症前に左室の形状と拡張機能を評価することは、NPsのシグナル伝達を改善する治療的介入の標的を同定するのに役立つ可能性があります。